飾大アラカルト

2012年9月2日更新

これまでに行われた今年の教会行事やイベント、トピックスなどのなかから選りすぐりのテーマをレポートします。

  1. 祝!「飾磨ジョイフルバンド」18年連続金賞受賞(平成24年7月27日)
  2. 飾大婦人会「希望の家ひのきしん」(平成24年6月7日)
  3. 飾磨婦人会「東日本救援ひのきしん」(平成24年5月7日〜10日)
  4. 飾磨ジョイフルバンド結成20周年「感謝のつどい」(平成24年4月1日)
  5. 飾東大教会「東日本救援ひのきしん」(平成24年3月6日〜11日)

祝!「飾磨ジョイフルバンド」18年連続金賞受賞(平成24年7月27日)

飾磨ジョイフルバンド18年連続金賞受賞 7月26日〜8月4日に開催された立教175年こどもおぢばがえりにおいて、飾大関係より9名が参画した鼓笛隊“飾磨ジョイフルバンド”が7月26日のおやさとパレード、7月27日の鼓笛オンパレードにて演奏を行いました。
7月27日の鼓笛オンパレードにおいては、「スーパーマン」をドリル演奏し、見事18年連続の金賞を受賞しました。
(右上の画像クリックで手動スライドショー開始)
メンバーの皆様、ならびに関係者の皆様、金賞受賞おめでとうございます。
飾磨ジョイフルバンドのさらなる発展を祈念しています。
飾大ユースチェンネルにも動画などを掲載していますので、あわせてご覧下さいませ。)


【7月26日のおやさとパレードの模様です(画面右下“□ボタン”クリックで全画面表示)】


【7月27日の鼓笛オンパレードの模様です(飾磨ジョイフルバンド)】


【7月27日の鼓笛オンパレードの模様です(飾磨プチジョイフルバンド)】


飾大婦人会「希望の家ひのきしん」(平成24年6月7日)

飾大婦人会「希望の家ひのきしん」 今年も飾大婦人会にて重度身体障害者施設希望の家(宝塚市)へひのきしんに行かせていただきました。
当日は婦人会メンバーのみならず青年さんをはじめたくさんの方々のご参加をいただきました。
施設のスタッフや入所者の皆さま方にたいへん喜んでいただくことが出来ました。
(画像クリックで拡大表示します。)


飾磨婦人会「東日本救援ひのきしん」(平成24年5月7日〜10日)

飾磨婦人会「東日本救援ひのきしん」 このたび飾磨婦人会として、14名が東北へひのきしんに行かれました。そのうち飾大関係からは4名が、率先して参画されました。
飾大部内より参画された皆様の感想文を掲載させていただきます。
(画像クリックで全10枚のスライドショー開始。)

♦飾大分教会前会長夫人 東生駒分教会長 竹川 由久代

飾磨婦人会「東日本救援ひのきしん」 5月7日夜から10日朝まで、東日本の被災地支援に行かせていただことが出来ました。

4月13日の飾磨の祭典終了後に、飾磨婦人会で「被災地への支援に行かせていただきたい」との奥様より発表があり、かねがね自分の身体で出来ることで、復興支援に行かせていただきたいと思っていたところでしたので、一番に手を挙げさせていただきました。

溝掘りやら撤去作業、大工仕事といったことではなく、「炊き出し」と「仮設住宅への訪問」ということでしたので、私でもさせていただけるという思いで被災地の方々と直接お会いして、辛かった思いを聞かせていただき、ささやかな慰問をして、これからの歩まれる勇みの接点にでもと思いました。

ちょうど2月25・26日の詰所に於ける婦人会委員部長・布教所長講習会で、震災直後から「救援ボランティア ひのきしん」を起ち上げ、被災地救援活動を続けておられる、若い青年布教師、教会長後継者である高橋伸実先生のお話しを聞かせていただきました。

当時は一つ一つのカイロに、支援や励ましのメッセージカードを貼り、被災者の方々にお配りされていて、その後は木片のメッセージが良かった。と聞かせていただいていたので、私はフト、戸別訪問の時に、季節を問わない可愛い絵を描いて持って配らせていただきたいなぁーと思い、ある方に相談すると、「描かせていただく」と仰っていただき、可愛いヒヨコの画、見るだけでホッとする画を30枚余り描いてくださり、私も真似をして20枚余りを描かせていただきました。また違った肩を寄り添うアベックの可愛い画、「和」と一文字入れて、見るなりこちらの笑顔がこぼれる画でした。
また、思いがけない近くの歯医者さんやお医者さんに「私今度被災地へ応援に行ってくるんです」と言うと、「えー、本当に?」「何か私もさせていただきましょうか?」と言ってくださり、事の由を話してミニ色紙をお持ちしますと、「字より画でもよろしいでしょうか?」と、快く描いてくださいました。こういうところからでも素晴らしい絆が出来たと思いました。
一枚一枚喜んでもらえますようにと祈りを込めて、青年さんにも手伝ってもらい、大切にサランラップで包みました。そのお陰で青年さんも、小さい木の棒で手作りの[ツボ押し]を作ってくださり、丁寧に紐を通して、薄い木片に足と手のツボを描いて吊った物を、十数本作ってくれました。「これもええわぁー」と、一つ自分用に頂き、また良い慰問品が出来ました。

飾磨婦人会「東日本救援ひのきしん」 マイクロバスで十一時間かかり、岩手県一関市の兵庫教区の宿舎に到着しました。その宿舎を見付けた、近くの教会の朝づとめに参拝。思いがけないその教会は、大阪の女子布教修練所の卒寮生で、過日3月28日に結婚式を挙げられ、私も披露宴に来賓として出させていただいた花嫁さんの実家の教会でした。会長様も奥様も、私が来たことに大変驚かれていました。
すぐに宿舎に戻り、姫路おでん260食、ぜんざい200食、たこ焼きの準備をし、午後2時に気仙沼へと出発しました。
約1時間程バスに乗車し、目的地へ到着して、直ぐさま集会所の外での炊き出し、集会所中での「歌声ひろば」の準備に取りかかりました。『天理教飾磨婦人会の「姫路おでん」』としてのポスターが掲げてあり、天理教と入れておられるのに、さすが!と思いました。
姫路おでんとは生姜醤油を付けて食べる物で、大好評でお汁までお持ち帰りになられました。ぜんざいは歌声ひろばの前と途中に食べていただきました。

飾磨婦人会「東日本救援ひのきしん」 歌声ひろばは3部構成になっていて、一部では体操と共に童謡などを歌い、続いて飾磨の部内教会長さん夫婦での息のピッタリあった「ピンクレディー」を衣装も振り付けもバッチリで、皆さんに大変喜ばれ、アンコールの声援が出るほどで、それにもまた応えておられました。続いて『おうた一番「やまさかや」』を歌いました。どうかなぁと思っていましたが、大変感動され、「それは天理教の歌ですか?」と尋ねられ、歌詞のみをまた反復され、皆さん首をウンウンと頷き、苦しい道も通り抜けねばという思いをされ、やはり素晴らしい曲(おふでさきー教祖の教え)は人に感動を与えるんだなと、改めて思いました。最後に「ふるさと」を歌い終了しました。また、たこ焼きが好評で、自分たちで焼きだして、話しも弾み、ソースやかつお節、青海苔や、と話しつつ、さぁ次は誰や誰やと大賑わいでした。

明くる日は人口わずかで、忘れられるような小さな孤島の奥松島、西の島でした。三十一世帯で、戸別訪問して、また歌声ひろばに集会所への案内をしました。
その方々は皆さん、主人は漁師、家は民宿で広い家でしたので、冬は寒かったのですが、仮設に入り、狭いので暖房が良く効いて暖かい冬を過ごせましたよと、不自由の中に喜びを見せておられました。「当たり前で感謝が出来なかった。今となっては、この辛い不自由の中でも一つ一つが感謝です」と、こちらも身に応えました。

また聞かせていただいたのに、水の配布も政府は「一人○○リットルだけ」と言って、一人一人の並びが多く、中々回って来ず、途中で終わってしまうと責め合ってしまうようでしたが、天理教の給水車が来ると、「さぁ皆さん、いくらでも良いですよ」言ってくれると列も少なくて済み、却って分け合うとか譲り合うことが出来たと、言う話しもされておられました。

飾磨婦人会「東日本救援ひのきしん」 また、年を取られたおばあさんと孫の話で、震災から一週間後(家の瓦礫の下で、中々発見されなかった)に、発見された方が、ずっと孫にも「神名を唱えるのやで、南無天理王命、南無天理王命と言うのや、神様が助けてくださるで」と、言い続けて、一週間後に奇跡的に救助されたこと、他にも、車の中で地震に遭われ、同乗していた息子に「若い者はこれから先があるので、あんたは先に行って、生きてくれ」と、シートに挟まれて動けなくなったお母さんが、神名を唱え続けて、続いての余震でシートから足が抜けて、津波に遭われたが、車の戸を開けて歩いて出られた奇跡的な助かりがあったことなど、色々と聞かせていただきました。
また復興食堂街で頑張って商売をされておられる方々もありますが、これは一部の方のみである。

今回被災地に行かせていただいたことによって、思いがけない絆が出来、直接行って見せていただいた現地の状況は、復興にあたっては、心がよほどしっかりしていないと、まだまだ大変であろうと思い、やはりしっかり応援してあげる人が、またそのリーダーがなければ出来ないであろうと思わせていただいた。
また、真実込めて描いていただいた画は、集会所の入り口近くに置かせていただき、好きなように取っていただいて良かった。「これ見たら笑顔が出ます」と言って喜んでもらっていただけました。


♦飾芦分教会前会長夫人 竹川 正子

飾磨婦人会「東日本救援ひのきしん」 日にちと身体の調子が許されるのなら、必ず一度は出させていただきたいと、昨年3月11日から思い続けて、やっと今回叶うことが出来、ありがたい思い一杯です。
5月7日飾大婦人会例会で、先月本部の仲野先生よりお仕込み頂いたことを思い出して、一生懸命九つの鳴り物練習させていただいた後、夕方6時30分、阪神西宮駅から飾磨のマイクロバスで一路東北へ。運転してくださる男性3名、婦人会員憲子奥様先頭に14名の総勢17名。

車中は身体が硬くなっているなぁと思いつつ、眠ったりトイレに行ったり、翌朝5時過ぎ岩手県一関市の兵庫教区宿舎に着き、身繕いをして、近くの磐井分教会の6時の朝づとめに参拝させていただき、1日が始まりました。
炊き出し準備(姫路おでん240食、ぜんざい150食)をして昼食後、気仙沼市水梨仮設住宅に向かいました。宿舎から一時間余りの所にあり、仮設住宅の方達に炊き出しをさせていただいたり、歌声ひろばで「ふるさと」など優しい歌の後で、「お歌一番「やまさかや」』を唱わせていただいた時、言葉の意味を尋ねてくださり、ささやかな匂いがけをさせていただいた様に感じ、心が何となく和らいだようです。

飾磨婦人会「東日本救援ひのきしん」 次の日も磐井分教会の朝づとめで始まりました。この日は2月に飾東委員部長布教所長婦人講習会で、講師に来ていただいた「ボランティア団体 ひのきしん」の責任者である高橋伸実先生に、午前中被災地を案内していただき、またお話しを聞かせていただきました。立ち寄った慰霊碑の前で霊様に拝をするのは勿論ですが、親神様・教祖にお詫びとお礼とお願いを込めて、おぢばへ思いを馳せ、柏手を打って遙拝させていただき、またある海岸で、冷たい風の吹きすさぶ中、おぢばへ向かってよろづよ八首を声高らかに奉唱し、拍子木の音がとても澄んで聞こえて、胸に染みるようでした。午前中車中でもずっと話し詰めの先生に涙が止まらない半日、ずいぶんの距離を走って下さり、被災の状況を見て、言葉に出ないほどの胸の痛みに襲われ話し続けられる先生の胸中はいかほどかと・・・

飾磨婦人会「東日本救援ひのきしん」 80pも沈下した街、見渡す限りガレキの広場ともいうのでしょうか、そんな中にポツン、ポツンと立派に見える家が残っている、けれども住むことの出来ない地域だとか、立ち入り禁止だとか、またしばらく行くと学校が焼けてしまって避難所になっていたので、逃げて避難したはずの老人達が大勢亡くなったとか、子ども達は先生方の誘導で早く山へ逃げれて無事だったとか、その学校の1階は書類棚とか残っていましたが、水没していて焼けなかったのですね。

また行くとやはり広い中でポツンと残った建物のそばで、2・3人の人達が何か作業をしておられた。しばらく行くと、教会が全て流され、奥様の行方が分からないそんな中、テントを張って会長様一人おつとめをされ、大勢の共有の支えを頂いて過ごされていると聞きました。津波は寄せては引き、13回も来たとのこと、何一つ見つからなかったのに、御本部の災救隊長さんが来られた日に、思いがけない所で円座と太鼓の枠が見つかり、大変喜ばれたとのこと、色々な姿、様子を見せていただき聞かせていただいた後、仮設住宅へ行き、応援物資を配布、戸別訪問をさせていただきました。
その地は買い物に出るのも、とても不便な所というので、お米一s、台所洗剤一本ずつ配らせていただき、、ぜんざいを振る舞いお話しをし唱って、最後の片付けをして帰路に就いたのは午後7時頃だったでしょうか、被災地の方々とお話しをした中で「私も一年間仮設の生活をさせていただきましたのよ」と一言言ったら、次から次へと話され、家の中も上がって見せてくださり、阪神の時とは違うと、色んな意味で感じました。

改めて17年経って振り返ります。あの年は寒かった。雪の中、車の中で教友の皆様から頂いたカイロを貼って何日過ごしたかしら。青空の下、ゴザを敷いておつとめをさせていただいた日、神様を求めて御参拝下さった信者さん方が、持ち寄ってくださったごちそうの直会。ゴザを敷く所があった。新築15年の神殿を解体してくださった日のこと、毎日朝早くからお弁当を持って来てくださり、神様のお道具を預かってくださった飾磨の教会。何もなくなった所へ小田原からバラックを持ってきて、屋根のある場所を造ってくださり、神様を移させていただいた日のこと、久則前大教会長様がバラックでの月次祭に御巡教くださった日のこと、走馬燈のように浮かんできました。
あのバラックがあったから復興の相談をさせていただくことが出来た。飾大の飾磨の大教会の教区の方々、全国の教友からの支援を頂いて今日がある。なによりも元の所に建てさせていただくことが出来た。東北の仮設の方々は皆同じ所ではない。被災地とそうでない所の差は大きい。阪神の時も武庫川を東へ越えたら全く違っていた。
親神様のお仕込みを私どもにくださった今、又残念を現された。折角教祖の用木にならせていただいた自分、行かせていただきたくても行けない方もあるのに行かせていただき、見せていただき、ささやかなひのきしんもさせていただくことが出来、もったいないありがたい思い一杯!そして教祖が力をお貸しくださったお陰で疲れも知らず、11日の月次祭をつとめさせていただくことが出来ました。

声を掛けていただき、連れて行ってくださったこと、心より御礼申し上げます。今後一層張り切って勇んで楽しんで教祖のおひながたを辿らせていただきたいと、強く感じています。


♦久樂分教会長夫人 清水 里子

飾磨婦人会「東日本救援ひのきしん」 飾磨婦人会で、「東北の被災地復興支援ひのきしんに出させてもらいます」ということを聞いて、上級の親奥様が一番に手を挙げられました。ちょっとビックリしました。遠い所で道中十二時間位かかると聞いていましたので、私も行かせていただきたいという気持ちはあっても、どうかなぁと思いましたが、親奥様とならと思い、行かせていただきました。私の方も阪神淡路大震災で大勢の方々の真実を頂いたことを思いますと、心が決まりました。
テレビを見て大きな被害とは思っていましたが、現地に行ってみると何とも言えない思いがし、本当に言葉になりませんでした。

8日の朝、岩手県一関市に到着しました。炊き出しのおでん240食、ぜんざい200食とたこ焼きを用意させていただき、気仙沼にある水梨仮設住宅に伺いました。仮設住宅の所は不便な所ですから、日常生活も大変な様子でした。しかし、皆様明るく仲良く助け合っている様子を見せていただき、うれしかったです。宿舎に帰ったのは夜9時ころでした。

9日は午前中に、2月に飾東詰所で開催された「委員部長講習会」に講師として来てくださった、山名大教会部内、松山町分教会長後継者の高橋伸実先生に、被災地の現状を見に連れて行っていただきました。一年経っていますので、瓦礫の山も少しありましたが、新しい家の基礎があるだけで、何もない風景ですが、その中で家の周りの草を抜いておられる姿を見ると、涙が出る思いでした。津波が17メートルもなり、高台の病院に逃げるにも1階では間に合わず、と聞かせていただきました。
午後からは奥松島の月浜地区仮設住宅へ伺いました。お年寄りが多く不便な所でした。家族で大きな家に住んでいましたが、子どもさん達と別々になり淋しいですが、住む所を与えていただき、大変感謝しています。と喜んでおられました。ボランティアも遠い不便な所は少ないようですが、天理教の方(橋さん)はよく来てくださいます。と、仰っていました。
こちらでは一軒一軒日用品を持って行かせていただき、集会所ではぜんざいを食べていただき、歌声ひろばをさせていただきました。4時頃まで楽しく皆様と過ごさせていただきました。

一年間は大変だったようですが、今は不自由ながらも住む所もあり、仕事もないですが、その中で何かをしようという気持ちで頑張られています。今回はTシャツ(綿100%)とか、ローソクが必要と聞かせていただいて帰りました。
何からでも心に掛けさせてもらいたいと思います。

「いちれつはみなきょうだいや たにんというはさらにないぞや」というお言葉通り些細なことしかできませんが、いつも心に掛けて、これからも通らせていただこうと改めて、心に強く思った次第です。


♦飾梅分教会長 津村 嘉子

飾磨婦人会「東日本救援ひのきしん」 飾磨分教会より5月7日〜10日にかけて、東北へ行くことが出来ました。飾磨の奥様に全て準備していただき、行き届いた心遣いに甘えて、ただただ感謝しています。
一日目は気仙沼へ炊き出しに、二日目には高橋伸実先生の案内で、石巻、女川へと伺いました。今までの自然が美しい景色が一変して、松が枯れてなぎ倒されている光景がずっと続いている中、2階だけが残り、1階に波が通り抜け、柱ばかりが家、橋が壊れたまま、電柱が倒れたまま、宣伝用の缶詰会社の15メーターも大きな重量のあのドラム缶が流されている。大きな船もそのまま、今でも地盤が80メートルも沈下している。そして地中から塩水が湧き出ているとのこと。この土地の復活は百年ほどかかるだろうと、それとも使えないかも知れないとのこと。

私が一番気になっていることは、亡くなった人達がどうなっているのか?
女川で橋先生が湾になっている所で、海近く下りました。どこの宗教の方も、亡くなった人達に祈りを捧げています。私たちもここで海に向かって心を込めて「よろづよ八首」を一同親神様に向かってお願いしましょうと、飾磨の奥様の拍子木に合わせて唱和しました。
橋先生と共に通ってきた所には、重苦しい空気もなく、却って澄んでいるように私には思えました。

御本部のおつとめによって親神様が亡くなられた方々の御霊を抱き抱えてくださっていると、目には見えないことですが、ホッとした気持ちになりました。
早く東北の方々の復興を祈ります。絆の大切さを本当に思い知らされました。
早く地が治まるように、用木としての使命を自覚して!


飾磨ジョイフルバンド結成20周年「感謝のつどい」(平成24年4月1日)

飾磨ジョイフルバンド結成20周年感謝のつどいsnap1 春の日差しが心地よい4月1日、姫路市立灘市民センターに於いて「飾磨ジョイフルバンド結成20周年記念コンサート感謝のつどい」が開催されました。
飾磨の鼓笛隊は、教祖70年祭を機に、昭和29年に「飾磨鼓笛隊」として始まり、平成4年には「飾磨ジョイフルバンド」として再結成され、鼓笛を通して少年会の育成に大きく寄与してきました。
夏のこどもおぢばがえりの「鼓笛オンパレード」においては、最初の3年こそ金賞まで手が届きませんでしたが、結成4年目から昨年まで16年連続で金賞を受賞し、また平成16年には最優秀賞を受賞しました。
現在では本教を代表する鼓笛隊の一つとして高く評価していただいており、隊列を変えて演奏するドリル演奏が飾磨ジョイフルバンドの大きな持ち味であります。
今年、結成20周年を迎えるにあたり、改めてここまで続けることが出来たのは、親神様・教祖のお導きは勿論のこと、鼓笛隊結成に携わってくださった方々、日頃ご支援下さる皆さま方への感謝を込めるコンサートにしたいというスタッフの願いの意味も含め実現しました。
当日は、鼓笛本隊による舞台での演奏に始まり、ちびっ子で形成する「プチジョイフル」のハンドベル演奏、歴代隊服のファッションショー、鼓笛のOB・OGで結成されたバンド「よろづや本舗」の演奏、またプログラムの合間にはお母さん方によるMC等で楽しい構成で盛り上がりました。
第二部では、会場をふんだんに使ったジョイフルバンドの特色であるドリル演奏を披露し、最後には来賓はじめ、来場者出演者全員による「よろづよ八首」の総立ちで締めくくりました。
今後とも「飾磨ジョイフルバンド」へのご支援をよろしくお願いいたします。
(右上の画像クリックで全4枚の手動スライドショー開始)


飾東大教会「東日本救援ひのきしん」(平成24年3月6日〜11日)

飾東大教会東日本救援ひのきしん第13次隊 東日本大震災から1年が経つ中で、飾東大教会東日本救援ひのきしん第13次隊(飾磨)では、仮設住宅の方々に救援物資を届けさせていただき、また、お話しをさせていただいたり、瓦礫の撤去や家屋内の修復の作業をさせていただきました。
(飾大部内からは四名が参画。)
さらに、現地へひのきしんに来られる方々の拠点としての、牛橋区民会館には救援物資が全国から届けられていますが、3月11日の震災一周年追悼行事で会館を使用するための整理準備などをさせていただきました。
(画像クリックで拡大表示します。)


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