Web版飾大だより「巻頭メッセージ」

2013年2月7日更新

さあ、年祭活動の始まりです(立教176年1月24日)

あけましておめでとうございます。
旧年中はお道の上に、とりわけ教会の上にお心寄せ賜りまして、誠にありがとうございました。
本年は教祖百三十年祭に向けての、三年千日の年祭活動の一年目として、とりわけ飾大分教会の創立九十周年記念祭を十一月二十四日に迎える、意義深い年と位置づけ、親神様・教祖にお喜びいただけるように、なお一層成人への歩みを期待して、共に心勇んでハツラツと通らせていただきたいものです。
そんな新しい年を迎える前日の昨年大晦日、私の運転する車で、大きな事故を起こしてしまいました。
普段から通り慣れてる大きな交差点で、赤信号の直進の矢印←が出ていると思って進んでいると、前方からの右折の車とぶつかってしまいました。危ない車だと思って、事故の後、相手方に行くと、「どこを見てんねん。赤信号やないか!」と、向こうが怒っています。こちらは直進の矢印とばかり思っていましたが、結局のところ、こちらの信号無視ということでした。
大晦日の夕方、それも明日からお正月ということで、気を抜いていたわけでもないのですが、結果として事故を起こしてしまったことは、こちらの見間違い、勘違い、相手が止まってくれるはずだとの思い込みでありました。
『諭達第三号』に「時として親神様は子供の行く末を案じる上から、様々なふしを以て心の入れ替えを促される」そして「あらゆる災厄や難渋は胸の掃除を求められる親心の表れである。自らを省みることはもとより、見せられる事柄を通して、人だすけを促されていると受け止め、積極的なおたすけを心掛けたい」幸い、相手方もそれほど大きなケガではなく、こちらの同乗者の方には大難を小難に済ませてはいただきましたが、このことから今まで通ってる道ではあるが、慣れや慢心があったかどうか、また勘違いや独りよがりがあったのではないか、今までの通り方を省みてどうであったか、それを踏まえて新しい年、周りもよく見て、注意深く前へ進ませていただこうと思わせていただきました。
後日、相手の方とお会いして、ゆっくりと話をさせていただきましたが、こちらが天理教の会長であるということから、安心もしてくださり、お道の話も混ぜながら、今後身体の不調があれば、おたすけに行かせていただきますし、子どもさんにも行事のお誘いをさせていただきますと、パンフレットも渡し、約束をさせていただきました。
こちらの姿をいかに映すか、試された大きなお仕込みであると思わせていただきます。
どうぞ本年も親神様・教祖にお喜びいただけるような年祭活動を、共に切磋琢磨して通らせていただきましょう。
(立教176年1月24日)


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